『数Ⅲ方式ガロアの理論』のガイドブック

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数Ⅲ方式ガロアの理論(その47)

 現在2021年12月16日19時24分である。(この投稿は、ほぼ2153文字)

麻友「ファインマンの元の講義に、リンク張っておきなさいよ」

私「じゃあ、VolumeⅡ の、Chapter 19 へと」

www.feynmanlectures.caltech.edu

若菜「英語が、読めなくても、お母さんが、訳本、読んでくれるから、慌てなくて大丈夫ですよ」

結弦「僕達まで、講義している気分に、なっちゃうね」

私「昨日の第一段落が、このファインマンの下の文章の、最初の3行である。

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     ↓この3行

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若菜「次の段落、始めて下さい」

麻友「ちょっと、怖じ気づくわね。“Bader 先生は次のように話した:粒子が(たとえば重力場に)・・・」

結弦「ストップ」

麻友「もうちょっと、読ましてよ」

結弦「いつでも、質問して良いことに、なってた」

麻友「重力場って、何? って聞きたいんでしょ」

結弦「その前の、『粒子が』って、アトムってこと?」

麻友「質問の意味が、分かりません」

私「麻友さんが、いきなり、レポーターみたいなこと、させられてるから、ここは、無理かな」

私「結弦。ファインマンの原則で言ってる、『原子仮説』のアトムかってことだろ? 原子でも良さそうだが、この後で、『君が投げると』などと言ってくるから、ボールくらい、大きいものと、考えたほうが、良いかも」

結弦「そうか」

私「原子、原子って、余り拘らなくてもいいけど、この場合そう思って欲しい。今のように、分からなかったら、いつ止めても良い。麻友さん、続けて」

麻友「私は、重力場が、分からないのよ。ちょっと前に、重力波望遠鏡 KAGRA とか、作ったけど、重力も、重力場も、重力波も、全然分からない」

私「これはね、大江さんのカッコに入れておく、を、使いたいけど、少し、話しておく。以前、磁石の周りに、磁力線というものが、本当にあるのか、いや(考え方によっては)ない。というやり取りをした。

27182818284590452.hatenablog.com

このとき、磁力線というものは、磁石の働きを分かり易くするためのものであり、他の考え方をしても良い。例えば、磁力線なんてものは、ないとしても良い、という話をしたな」

27182818284590452.hatenablog.com

(という投稿の前半。後半は読まなくとも良い)


麻友「あの磁石の話は、お父さんの前でもしたから、覚えている。あっ、そうか、重力場も、考え方のひとつなのね」

結弦「久々に見た。特待生のお母さんの、燕返し

私「取り敢えず、読んでみて」

麻友「“Bader 先生は次のように話した:粒子が(たとえば重力場に)あるとし,ある所から出発して自由に運動してある点に達したとする.君が投げると,上って下りてくる.」

若菜「なんとか、一行頑張った。聞きたいんですけど」

麻友「はい」

若菜「運動って、どういうこと? 運動場を、走るってこと?」

結弦「僕も、聞いておく。『達した』って、どういう意味? 中学3年生だと、結構、敏感になったりする」

麻友「運動って、物理学では、もの凄く頻繁に使うみたい。日本語だと、体を鍛えるために、運動する。とか言うんだけど、後で、絶対出てくるけど、運動量(うんどうりょう)という言葉もそうで、日本語と物理学で、ほとんど、意味が違う。だから、これは、大江さんのカッコに入れて、しばらく様子を見た方が良いと思う」

若菜「じゃあ、カッコに入れます」

(『運動』という言葉の意味を知りたい)

(『運動量』という言葉の意味を知りたい)

私「どれくらい、物理学で、運動という言葉が、重要かというのの、例として、私もまだ読んでいないが、

ランダウの弟子達著(ランダウ/リフシッツ理論物理学教程第10巻)『物理的運動学』(バターワース-ハイネマン)

というランダウの本が、あるほどだ」

結弦「原則の3つ目の、ランダウだよね」

私「そうだ。お父さん(ランダウ)が、凄かった人の息子は、大変だよね。交通事故で、お見舞いに行ったら、『これの不定積分は?』と、聞かれて、暗算でできなかったら、『こんな易しい計算もできないのか』と、怒られたというエピソードも、あるくらい」

私「それから、結弦の質問。物理学では、ある点に着いたとか、ある温度になったと言うとき、この点に達したとか、この温度に達したという。気持ち良くなった、という意味ではない」

麻友「今日は、ここまでにしたら? 21時21分だから」

私「そうするか」

若菜・結弦「おやすみなさーい」

麻友「おやすみ」

私「おやすみ」

 現在2021年12月16日21時24分である。おしまい。